週休3日.子育て優先〜自分がどういう職場で働きたいか〜を実行してきた!

 

 

日経アーキテクチュアに「ホワイト職場」として 弊社が取り上げられた事をとても嬉しく思います。

今、  長時間労働や働き方が社会問題となっています。
建築業界は  特に長時間労働が多く 「 ブラックな職場」のイメージが強い様です。

でも 時代と共に働き方は   できることから変えていくべきだと思ってきました。「これが普通」「これは当たり前」という考え方に疑問を感じたら   まず小さな事からでも変えていくことが大切だと思っています。

「ホワイト職場」と呼ばれて  建築設計事務所として今年創業30周年を迎える弊社は ご褒美をいただいたようで とても感謝しています。

これからも  こうだったら良いなと思う事を  仕事の上でもどんどん 実行していく会社でありたいと思います。そして 弊社が 人の役に立ち あって良かったと思われる会社として継続できるように 頑張りたいと思います。

 

 

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親の介護をしている今、考える事!

親の介護当番の日!
私は 96歳の父の好きな歌を ピアノを弾きながら 一緒に歌います😄
父が覚えている歌は  ほんのわずかだけ〜 戦時中の日本の歌か 20代だった頃の歌(^^;;
でも 父は本当に幸せそうです! 実の娘の私の名前も分かりませんがね(^^;;

それでも 今は 父が楽しいこと 好きなことをしていられれば良いと 私は思っています。

2年前までの父は 90代でもまだまだしっかりしていました。しかし 一人で薬局まで薬を取りに行く時に 近所の道で転んで 骨折してしまいました。たまたま通りかかった親切な方が すぐに救急車を呼んで下さいました。そこから父の入院生活が始まりました。
しかし 入院生活が続いたら だんだん認知症になってきてしまいました。骨折の手術の経過も悪くて 院内感染にもなり 食事も食べられない状態になり ガリガリに痩せて 点滴だけで命を繋ぐ危篤状態になりました。私たち家族は 予想外の入院から 父の最期をどう迎える事が良いのか 悩み考えました。

あと1週間もつかどうか分からない状態で覚悟した方が良いかもしれない…そんな医者からの言葉を貰った時に 父には 病院の天井ではなく  住み慣れた自宅の天井を見ながら最期を迎えさせたいと思いました。それから医者には無理と言われながらも 家族みんなが同じ気持ちだったので 強引に自宅に連れ戻しました。そして すぐに訪問診療の医者や多くのヘルパーさんや看護師に来てもらって 自宅で父の最期を迎える準備をしました。

あれから2年が過ぎました。
3姉妹で決めた介護当番の日は 私も朝早く実家に行き 介護を一日中します。今の父は 私のことは娘だと はっきり分からないし  下の世話をするたびに ごめんなさい と他人の様に謝ります。毎日いろいろなヘルパーさんにも来て頂いているので とても助かっています。
2年前からの訪問診療の医者には  今の回復が本当に信じられないと言われています。一日に20人近い訪問医療に携わっている医者からみても 我が家は素晴らしい家庭での介護だといわれました。でも このまま家族だけで介護を続けることは かなり無理が出てくるだろうと最近感じています。

私は 長年 仕事で「暮らしサービス」として お客様の介護にも関わって来ましたが 父の介護で 家族の気持の問題や人の最期などいろいろな事をより深く考えさせられます。たくさんのヘルパーさんにもお世話になっているので ヘルパーさんの声もたくさん聞いています。

そして思うことは 今のままの日本の介護制度がこれからもずっと続く など あり得ないということです。若い働き手であるヘルパーは どんどん減っています。

そして   人の最期の迎え方は どうあるべきなのか 自分ならばどうしたいのかということを考えさせられています。どう備えておけばよいのかは それぞれがしっかり考えておかなければならない事だと思います。

わが家の隣の公園の桜は 樹齢63年!
毎年 美しく満開に咲き 人々の心を癒してくれています。
そして 見事に 美しく散っていきます…!