人が集まる家「レンタルリビング」を楽しむ~^^

「LIVING元住吉」 という名で
我が家のリビングを レンタルしようと思い立ってから1年が過ぎた。

最初の半年は 準備期間だったが
とにかく 今までにないことを始めようとしていたのだから
本当の意味でもゼロからのスタート。
思うままにとりあえず準備して 最初は知人関係の方々に 使ってもらった。

そして「レンタルリビング」という形で
一般の初めてお目にかかる方たちに活用してもらい始めて 半年が過ぎた。

ネット社会のおかげで いつの間にかホームページから知ってもらって
最近は いろいろな使い方で借りて頂いている。
何よりも嬉しいことは ご近所の方や近い地域の方がほとんどで
リピートしてくれることだ。

住んでいる自分の家のリビングを レンタルするなんて
人によっては考えられないと思う。
知人ならともかく 全く知らない他人に貸すなんて 
何をはじめたんだろうと思われても仕方ない。
正直言えば 私もまだ慣れていないので 面倒なことも多い。

でも ただそれは 「今は 面倒だ」というのが正解かもしれない!
慣れてくれば きっととても楽しくなるだろうという予感が 
半年経験した私にはすでにあるのだ!

それにしても どうして
わざわざそんな面倒な事を始めたのか?というと…

私は 「人が集まる家」「ホームサロン」という形の住まいの設計を通して
住まいの中に人が来ることは大切だと常々言っている。

実際 私は以前の自宅でも ホームパーティーをよく開いていたし
子どもたちの友達もよく泊まりに来てくれた。
友人が自宅にきてくれると 自宅が片付き自分も楽しくなる事を知っている。
しかし来てくれる人は 基本的にはよく知っている人ばかりだった。

でも レンタルリビングとしての「リビング元住吉」は 違う。
全く知らなかった人との出会いがある。

私は 30年以上 住まいという設計の仕事に関わってきたが
日本人は 一般的に人を家の中に入れたがらない。
ましてや 一人暮らしの方や 外に出かけられない人たちの家には 
人が来ることはほとんどない。近所づきあいも本当に希薄だ。
高齢化社会の独居老人問題だけではなく
日本中、近所での人との関わりがどんどん薄くなっているのが現状だ。

老若男女単身者世帯が33%以上を超えてしまった日本、
一人暮らしが 至るところに溢れているのだ。
そしてその一人暮らしの人のほとんどが 近所には気楽に話せる友人がいない。
震災以来、地域との絆が大切だと言われているが
実際は以前となんの変りもないと思う。

しかしこれからの高齢化社会は ひとり暮らしがますます増える。
今は家族がいても 家族にずっと頼れるとは限らない。
そこで やっぱり 「遠くの親戚より近くの他人」 ご近所とのつながりが大切になる。

歳を重ねていつかは独りぼっちになっても
住み慣れた我が家でずっと暮らし続けたいと思うならば
心を開いて 家を開いて 人と関わりを大切にして 地域での安心を確保するべきだ。
ご近所や世代を越えた友達と自宅で楽しく暮らし
人の輪が広がる家をつくっていきたいと思っている。

私は昨年、縁もゆかりもない 全く初めての土地を購入して我が家を建てた。
この新しい地で 世代を越えた地域の人たちと交流を持つために
自から 心を開き 家を開くことにより これからの可能性を知りたいと考えた。

私には元気な家族がいるし 一人暮らしではないけれども
「 レンタルリビング」を経験して 
「人が集まる家」の良さや問題点を自分で実感したかったのである。
何事もやってみなければ分からないという私のモットー?好奇心?からのスタートでもあるのだが・・・笑。

この「 レンタルリビング」の試みは
きっと これからの高齢化社会の住まいのあり方の何らかのひとつの回答を出せると信じている。
少なくとも 私はすでに レンタルリビング「LIVING元住吉」によって 
わくわくする時を過ごしている。

先日も 「友人の結婚祝いのパーティーを開きたい」と
とても素敵な女性たちがレンタルしてくれた。
最後には 私が皆さんの記念の集合写真のシャッターを押させてもらった。
初めて会った若者たちのお祝い事に ほんのわずかだが関われて 幸せを感じた。
友人を祝うために ネットで 「LIVING元住吉」 を見つけてくれたことに感謝している。

これからも いろいろな方たちの楽しい時間として
我が家のリビングが使われると思うと 幸せだ。

一人暮らしの家も こんな風にたまに他人に使っていただくと 
新しい風が吹いて きっと今までにない幸せを感じるのではないだろうか?

超高齢化時代に 一人で暮らして不安や寂しさを感じるとき
住まい方次第で 楽しさや生きがいが見つけられるかもしれない。
そんな暮らし方のお手伝いができたら幸せだと思って
「人が集まる家づくり」を提唱している私です。

広告

肝っ玉母さんになれ!

子どものことを心配しない親なんていない。
子どもがいくつになっても 親は心配なもの。

振込サギはそんな親心を悪用しての最悪の犯罪ですものね。

でもその親の心配な胸の内を 子どもの前で出してしまうってどうなの?

自分に自信がない、言われないと行動できない、
そんな子どもが多くなっているのは
やっぱり そういう風に育てられたからだと思います。

親が子どものことが心配で  良かれと思ってずっとレールを敷いていく。
でも そのレールを歩いて育つ子どもは
自分で考えて自分で行動することが苦手になるのは当たり前ですよね。

視野を広めて社会を知り、自分の良さを知り
自分で決断し行動できる人間になるためには
まず堂々たる精神を植え付けることが大切!

オドオドした親、
あいまいなことしか言えない親、
わが子が良ければ とりあえずは良しと考える親、
他人の言葉や噂に左右される親、
そのときの感情でころころ変わる精神的コントロールができない親

こんな親を見て育って
自信もって自分の考えを持てる子になるはずが無いですよね!

親が はっきり物が言えない。
親が 自分自身の考えがない。
親が 自分に自信がない。

自分の子どももそれでいいと思っているならば それまでですが・・・

私は 子どもは社会の宝だと思っているので
いつも 声を大にして 言っているのです、
自分が幸せだと思うことを 堂々と自信をもって行動できる大人に育てなさい と。

そのためには
まずは お母さんが「肝っ玉かあさん」になって
堂々と自信をもって生きることです。

自信なんてなくてもいい、後からついてくるものなんだから。
かっこだけでもいい、そうなってくるものなんだから。

でんと構えたお母さんに見守られている子どもは 安心して羽ばたけるのです!
「親」という字の通り 木の上に立って見守ればいいのです!。

人に頼って生きていこう~!

「人には頼りたくない」って言う人がいるけれど
「人に頼る事は迷惑を掛けること」と思っているからなのでしょうか?
人に頼らず迷惑を掛けないことって、そんなに大切なことかな?

私は人に頼ること、好きです。
だって私の力なんて たかが知れているじゃないですか。

感謝の気持ちと気配りを持っていれば
人のお世話になることは とても大事なことだと思っています。
世の中はみんなそれで成り立っているようなものだから。

プライドなのか気遣いなのかわかりませんが
ひとり頑張り過ぎないこと、大切です。

ただ 人に頼ることが上手な人と下手な人がいることも確か。
そしてその関わり方やタイミングで 思い通りにならないこともあります。

だから 人の力を借りることに慣れる事をお勧めしています。

人の力を借りることに慣れる事は
自分がラクに生きられ、人のためにもなるんです…
依頼心の強さからではなく
その人ができること、できないこと。
得意なこと、苦手なこと… みんなで分かち合って生きていけばいいのです。

お願い力をつけること、お勧めです。

老いてからではなくて 老いないうちから
早めに他人に頼ることになれておきましょね!

人にはできないことをしないと感動は与えられない

少なくとも自分の周りにいる人もできるようなことには 人は感動しない。
感動を与える、感動で笑顔を与える、自分らしさで相手を幸せな気持ちにさせる。

感動を与えることは 自分にも感動すること
人のためではない じぶんも感動するのだ。

自分が感動するような事をしよう!

全米オープンテニスで日本中を熱狂させた錦織 圭選手を見ていて
私は そう思った!

自分が感動するような事、ワクワクすることをしよう!
そして まわりの人も感動の渦に巻き込もう!

年齢にとらわれない生き方

IMG_0984.JPG

今朝、我が家のポストに東京新聞が無料で2つも配布されていた(^^;;

一面の老人の写真に目が入った!
92歳のドナルドキーンという日本文学研究者の話だ。

「なんでそんなに元気なのですか?」
よく質問されるそうだ。

健康にいいという話には耳を傾けないで 何も気にしないで過ごすこと。
実際の年齢の線引きには意味がない。
年齢を意識することがほとんどないそうだ。

 

ところで・・・
私は若い頃から 朝 毎日カレンダーを見る習慣があった。
見るというかただ眺めているって感じですが〜!

30歳になったある時  もうこのカレンダーの日付には私と同じ歳はなくなるんだな〜なんて
31日までしかない日付を見ながら 何となく寂しさを感じたのを覚えている(^^;;

若い頃には1年1年の重みをそれほど気にしなかったけれども
この日付は31日までしかない〜ということで 区切りや終わりというものがあることを意識した。

そして、最近、還暦の友人たちの定年退職の話を聞いたりしていると
やはり1つの区切りの終わりを感じずにはいられない。

この歳になったのだから こうしよう とか
この歳だからこんな事はやめようという年齢による判断 って
いつの間にか植え付けられてきたような気がする。

最近お酒も弱くなったし 体力なくなったし やっぱり年齢の事考えて行動しよう
なんて思ったりしていた最近だけど〜笑

「健康に留意していた友達が不思議と早くなくなる」〜という ドナルドキーンさんの言葉(^^)

なんとも私には都合の良い言葉だ〜笑

好きなように生きているのが一番らしい~笑

東京新聞さん、
朝から無料配布をありがとう〜(^^)

ささやかな幸せ探しを楽しもう!

今日は穏やかな天気だ・・・

美味しいと思って食事ができる・・・

友人と笑顔で会える・・・

青い広い空を見上げる余裕と深呼吸する気持ちよさ・・・

身近なところにささやかな幸せはいっぱいある

でも一番幸せなのは
それを感じることができる自分が今いることかもしれない

大きな目標をもって頑張って
大きな幸せを掴むこともいいけれども

ささやかな幸せはあっちこっちに転がっている
ささやかな幸せの積み重ねが
きっと大きな幸せになっていくと信じているから

ちょっした幸せも素直に受け止められる自分でいたい

自分を追い詰めない生き方って大事ですね^^

先日、なんとなく見ていたテレビで 水谷豊という俳優の 何気ない話に吸い込まれた^^
私より少しだけ人生の先輩である(^^)

バイトから芸能界に入って40年、ずっとバイトの感じで仕事をしてきたと言う。
そして 今もまだバイト感覚は抜けなくて仕事をしているそうだ。
常に 自分を追い詰めないようにするために・・・。

これってどうなの?って思う人もいるだろうが・・・。
それはさておき・・・^^

私は その気持ちが良く分かった〜(^^;;

その感覚とはちょっと違うけれども
実は 私は社内の仕事を サークル感覚でしてきた。
それを何年か前に 社内のスタッフに話したら すごく怒られたことがある。

「みんな一生懸命、毎日まじめに仕事しているのに 社長はサークル感覚? 信じられない」ってね、
おまけに 「腹立たしい~」ってすごく怒った顔されてね〜笑

それ以来、みんなには言うのを止めたのですが・・・

でも 実は まだサークル感覚は 抜けていません~笑

人生を楽しんでいると 仕事と趣味の境なんて なくなってしまう。
いつもどうしたら楽しくみんなで仕事できるかな〜って思っています(^^)

仕事だから しっかり結論を出さなければならないこともあるけれども
私は 曖昧な感覚を とても大切にしてしまう。
これが正しい とか これが普通とか
きっちり とか しっかり とかいう生き方が 苦手なのだ〜笑
ふんわり大きく膨らむ風船のように ぽんぽんと前に進む弾力性のある生き方が好きなんですね〜(^^)

だからいつまでも 合格点ギリギリ60点人生なのかもしれないけれどもね^^
頑張り過ぎない、自分を追い詰めない生き方で これからも楽しく生きたい!

水谷豊に 急に親しみが湧いてきた^^