親の介護をしている今、考える事!

親の介護当番の日!
私は 96歳の父の好きな歌を ピアノを弾きながら 一緒に歌います😄
父が覚えている歌は  ほんのわずかだけ〜 戦時中の日本の歌か 20代だった頃の歌(^^;;
でも 父は本当に幸せそうです! 実の娘の私の名前も分かりませんがね(^^;;

それでも 今は 父が楽しいこと 好きなことをしていられれば良いと 私は思っています。

2年前までの父は 90代でもまだまだしっかりしていました。しかし 一人で薬局まで薬を取りに行く時に 近所の道で転んで 骨折してしまいました。たまたま通りかかった親切な方が すぐに救急車を呼んで下さいました。そこから父の入院生活が始まりました。
しかし 入院生活が続いたら だんだん認知症になってきてしまいました。骨折の手術の経過も悪くて 院内感染にもなり 食事も食べられない状態になり ガリガリに痩せて 点滴だけで命を繋ぐ危篤状態になりました。私たち家族は 予想外の入院から 父の最期をどう迎える事が良いのか 悩み考えました。

あと1週間もつかどうか分からない状態で覚悟した方が良いかもしれない…そんな医者からの言葉を貰った時に 父には 病院の天井ではなく  住み慣れた自宅の天井を見ながら最期を迎えさせたいと思いました。それから医者には無理と言われながらも 家族みんなが同じ気持ちだったので 強引に自宅に連れ戻しました。そして すぐに訪問診療の医者や多くのヘルパーさんや看護師に来てもらって 自宅で父の最期を迎える準備をしました。

あれから2年が過ぎました。
3姉妹で決めた介護当番の日は 私も朝早く実家に行き 介護を一日中します。今の父は 私のことは娘だと はっきり分からないし  下の世話をするたびに ごめんなさい と他人の様に謝ります。毎日いろいろなヘルパーさんにも来て頂いているので とても助かっています。
2年前からの訪問診療の医者には  今の回復が本当に信じられないと言われています。一日に20人近い訪問医療に携わっている医者からみても 我が家は素晴らしい家庭での介護だといわれました。でも このまま家族だけで介護を続けることは かなり無理が出てくるだろうと最近感じています。

私は 長年 仕事で「暮らしサービス」として お客様の介護にも関わって来ましたが 父の介護で 家族の気持の問題や人の最期などいろいろな事をより深く考えさせられます。たくさんのヘルパーさんにもお世話になっているので ヘルパーさんの声もたくさん聞いています。

そして思うことは 今のままの日本の介護制度がこれからもずっと続く など あり得ないということです。若い働き手であるヘルパーは どんどん減っています。

そして   人の最期の迎え方は どうあるべきなのか 自分ならばどうしたいのかということを考えさせられています。どう備えておけばよいのかは それぞれがしっかり考えておかなければならない事だと思います。

わが家の隣の公園の桜は 樹齢63年!
毎年 美しく満開に咲き 人々の心を癒してくれています。
そして 見事に 美しく散っていきます…!

保育園に子どもを預けて働くママたちへ❤

明日から4月になります。
初めて子供を保育園に預けて仕事に復帰するお母さんもいることと思います。
いろいろなことが不安だと思います。 私自身が30年以上前にそうだったように…。

朝 2人の子供を保育園に預けたとき 子供の悲しく泣き叫ぶような声を聞きながら先生にお願いして 振り返りもせず足早に園の外へ出たものです。通勤電車に乗るために 急ぎ足で歩く駅までの道で 私自身の目にもいっぱい涙が浮かんでいました。
そして なんでこんな辛い思いまでして私は働いているのだろう、明日食べていくことに困っているわけでもないし  今どうしても働かなくてはいけない理由など何もないのに どうしてなんだろう…と 自分に何度も問いかけながら涙をこらえながら 通勤電車に乗っていたことを思い出します。

でも私の中には 自分の行動を後押ししてくれる確かな目標があったことも分かっていました。
生活のために働いているのではなく 自分を成長させる必要があったのです。1級建築士の資格を取って 将来の夢に向かってスタートしていた私は 仕事を止めてしまったら取り残されてしまうような不安を感じていました。この建築業界で自分のやりたいことをこれからやっていくためには 今ここで私が頑張らなくていけない。子どもがいるからできなかったなんていう言い訳はしたくない。子供たちのためにも頑張る母でいよう!そう思って自分を励ましながら前だけを見て進んできました。

しかし 保育園に預けていた子どもたちは こんな親の気持ちなど悲しいくらいお構いなしでした。
親が出勤したあとは 笑顔いっぱいでたくさんのお友達と思いっきり遊んでいました。保育園が大好きになって お迎えに行ってももっと保育園で遊んでいたいようでした。
毎日 栄養もしっかり考えられた手作りのお昼ご飯やおやつをみんなと一緒に楽しそうに食べ、お散歩やお昼寝の時間もしっかりとって 規則正しい集団生活をしていました。
二人兄妹のわが子たちにとっては 小さい時から沢山のお兄さんお姉さんがいるような環境で育って 自然と子どもなりのルールを身につけていったようです。子どもは たくましく育ってくれていたのです。

まだまだ新米ママだった私にとっても 保育園のベテラン先生に教えられることは多々ありました。子どもが小学校に入った時に 自分一人で育ててこなくて 多くの大人に関わって育てられてきたことに本当に感謝しました。

今の私がいろいろな立場で物事を考え 仕事に活かすことができるようになったことには
やはり結婚して妻となり嫁となり 子どもを産んで母となった経験が大きいです。
子どもがいるということは 親としての立場がいろいろでき PTA父兄となり学校や地域と関わり  そして子どもが結婚したら 今度は姑となります。 孫ができれば祖母となり  そして親の介護をするという経験までさせてもらったこと、そして その間も社会人としていろんな人と接して仕事をしてきたことが 私の人生をより豊かにさせてくれたと思っています。

そして今の私は 次の世代のことを考えるという世代になりました。
時代は常に変わっていくもので 働く女性も多くなり働き方も変わってきたと思っています。

私の中でも これからは こうした方がいいのではないかと思うことがいっぱいあります。
だから こんな小さな私が発信することからでも 世の中が少しずつ良く変わってくれたらいいなといつも思いながら行動しています。

これから働くママたちも
自分の社会への小さな一歩が 誰かの役に立つスタートの一歩であることを忘れないでほしいです。

ぜひ大きな夢をもってください。
まずは その日の目標、そして今月の目標、今年の目標、人生の目標… そう思っていると 自然にその方向に向かっていくものなのです!
そして 毎日 笑顔で過ごすようを心がけていきましょう!
自分を幸せにするのは 自分次第ですものね^^

そんな笑顔の働くママの姿を子どもにも見せていきましょう!

週休3日の会社が増えている!日本にも 多様な働き方の時代が やっとやってきた!

今年になって   時短労働、残業制限などと  働き方改革が 政府指導で改正されています。

ずっと週休3日でやってきた弊社だってまだまだ課題はたくさんありますが〜 やってみたから分かるのです。休みの在り方は 働き方を大きく変え なぜこの仕事をしているのかという仕事の意義も考えさせられます。

日本で働きたいと世界の人から思われるような多様な働き方ができる魅力的な国を目指して 政府の働き方改革を進めて欲しいと思っています!

老後資金の「安心老後」と「貧乏老後」の分かれ道は、55歳? 住まい方の分かれ道は?

老後の預貯金、株式投資、保険、副業、自宅購入、不動産投資…どうすればいいかという科学的に分析した本が売れているらしい。
それによると どうやら55歳から準備をしていれば 老後資金は間に合うということらしい。

これは 住まい選びでも同じことだと思っている。
自分の老後の住まいをどのようにするかは 55歳から準備すれば間に合うだろう!

30代の家、50代の家 そして70代になった時の家
ライフスタイルも変わっていくのだから 住まい方も変わっていく。

55歳は これから迎える老後を少しずつ考えられる年齢でもある。
また 体力的にも金銭的にも 安定してきていることが多い。
心身共に充実している年齢だからこそ 人生100歳の時代を どう生きるか?
老後資金も住まい選びも 考える時期がとても大切になってくる。

今の時代の 50代 60代は
若い世代にも 歳を重ねた世代にも まだまだ必要とされる大事な世代だ。
しかし 忙しい年齢だが 自分の将来のこともしっかり考えて そして行動して 毎日を大切に過ごして欲しい。
「安心な住まい方」と「不安な住まい方」の分かれ道は 55歳から65歳の行動力次第で大きく変わっていくのだから~!

人生100歳の時代がやってきた!

もし 100歳まで生きるとしたら これからどんな人生にしていたいと思いますか?

私は 今の仕事を今のまま続けていく事は難しくなるでしょうが
今までしてきたことを 別の形で活かすことができたら良いと思っています。

地域とのつながりを強めることをしていたいです。

もしも年老いて自宅から外出することが困難になっても
近くの地域と繋がって 年齢を重ねたから分かる事やできる事をして
互助の生活ができたら良いと思っています。
私の「家開き」が 目指すものでもあります!

2011年東日本大震災が起きたときのことを思い出してください。
共に 助け合う事が これからのこの時代を生きる人生100歳に必要なことだと思うのです。

関連サイト; 100歳を考える

中古住宅の履歴書!

日本の中古住宅の市場が 最近やっと少しずつ変わってきましたね。

リフォームしながら大事に住んできた家を売却する場合
全く手付かずにしてきた家との価格的な違いはあって当たり前のはずです。
しかし日本の場合 戸建住宅の建物等は築年数だけで家の価値を決められ
主に土地の査定だけが売却価格の要因になってしまうことさえあります。
手直しして大事にしてきた家の価値が認められない状況なのです。

中古物件は表面的な見栄えだけでは分からないことがたくさんあります。
特に表面の見える部分だけではなく 見えない部分の配管などの状態が良いか悪いかは 購入する側にとっても とても大切なことになります。

弊社は 今までリフォームやリノベーションをたくさん手掛けてきましたが  その家の工事履歴書をすべて保存しています。 約30年分です!
ものすごい書類とデータの保存量になりますが
過去の工事をしたお客様から再度連絡や相談を頂いた時には必要になるからです。
例えば 電球一つ切れても次はどんな電球を買ったらよいだろうかと相談を頂いたりします。
時代とともに電球も変わりますし より良いものを提案するためには 既存のものを再チェックする必要がでてきます。だから 弊社のためにずっと工事履歴を保存してきたのです。

でも 最近は この工事履歴があるかないかで中古住宅の価値が変わってきました。
お客様のためにも 弊社は工事履歴をとっておいて良かったと思うこの頃です。

自宅を売却するときに 工事履歴がない場合は 最近は ホームインスペクション(住宅診断)を受けて 自宅の価値を客観的に診断してもらう方法もありますが これは目視で表面的な判断だけになります。見えない部分はやっぱりわかりません。

人間も年老いてくれば 内臓も血管も衰えますが外からは見えません。
いくら表面的にお化粧をしても 内部までは若返りません。
家も同じことです。表面だけの外装や内装をきれいにしても
見えない部分がそのままではこれからの耐久性は不安です。

家の健康診断になる工事履歴はますます大切になり その必要性が認められてきました。
中古住宅を購入する人にとっても とても良いことだと思います。

人生の大先輩からのアドバイス!

「60歳を過ぎたら  これからの自分の人生で一緒にお付き合いしていく人を考えたほうがいいよ」
60歳になって人との付き合い方を変えることなど考えていなかった私に
80代のお客様からの重みのある一言!
「相手の年齢とか学歴とか立場など今までの持っているものには関係なく  これから伸びしろのある人間とお付き合いしなさい。」
私の残りの限られた人生を大切に過ごすためにと アドバイスしてくださる人生の大先輩。

お客様自身はいわゆるエリートといわれた方、国立T大学を卒業し有名なメディア企業の社員として世界中で活躍されてきた経歴の持ち主です。でも 現在は介護を必要とする家族と二人だけの生活です。
きっと私が知らない多くの経験をされてきて いろいろ考えていらっしゃるのだと思いました。

家族でもない全くの他人が 自分の今までの経験から学んだことを伝え
誰かの役に立つかもしれないと思う知恵を話してくれることは ありがたいと思います。
世代を越えて良かれと思う言葉を その時々の状況に合わせて何気なく後輩たちに与えることは昔はよくあったのだと思います。 そう「おばあちゃんの知恵袋」みたいな感じで・・・。

でも核家族化が進んで おじいちゃんおばあちゃんの知恵を聞かされることはほとんどなくなりました。
聞かされることがないということは 話すこともないということですね。
ネット社会になって 知らないことは検索すればある程度はわかる時代ですが
その人の状況や顔色を見ながら相手が思ってもいないような知恵を与えることができる人生の先輩方のアドバイスは 改めていろいろなことを考えさせられるはずです。

そして 人生の大先輩の方々はまだまだ人のお役に立てるし立ちたいと思っているのだと思います。
世代を越えたお付き合いは 先輩にとっても後輩にとっても とても大切だと感じます。

還暦を過ぎた私に頂いた大先輩からの言葉の意味は とても深いです。
私自身もまだまだ伸びしろのある人間でありたいし
伸びしろを広げられる行動を心がけたいと改めて思った次第です。